平成21年度 メンタルヘルスとワーク・ライフ・バランス
主任研究者 | 宮城産業保健総合支援センター所長 | 嘉数 研二 |
共同研究者 | 宮城産業保健総合支援センター基幹相談員 | 菊池 武剋 |
同 | 佐藤 洋 | |
同 | 千葉 健 | |
同 | 樋渡 奈奈子 | |
同 | 佐藤 祥子 | |
同 | 鈴木 淳平 | |
宮城産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策相談員 | 中村 修 |
1 目的
われわれは、ストレスとメンタルヘルスについて、職場に起因する要因のみでなく、家庭生活や生活習慣、仕事と仕事以外の生活との両立についても取り上げてきたが、今回は、ワーク・ライフ・バランスの定義※をもとにワーク・ライフ・バランスを大きな要因としてとらえ、先行研究㈰㈪を参考に、個人要 因(性、年齢、家庭生活、介護経験、疾病、学歴、飲酒、喫煙、趣味、自己啓発活動、地域活動)、仕事要因(就労形態、勤続年数、職種、子育支援制度、介護支援制度、時短勤務制度、過重労働対策制度、労働時間、残業・休日出勤時間、年次休暇)、職業性ストレス、ストレス・コーピング、ワーク・ファミリー・コンフリクト、精神的健康(うつ症状)の要因を取り上げ、メンタルヘルスとの関連を検討した。
※ワーク・ライフ・バランスとは 「仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発などのさまざまな活動について、自らが希望するバランスで展開できる状態」と内閣府男女共同参画局では定義している。
<先行研究>
- 宮城県下企業におけるメンタルヘルス対策の実態調査研究」(平成12年度)
- 「産業医のメンタルヘルスとの関わりを中心とした調査研究」(平成18年度)
2 調査対象
対象地域は宮城県内、対象者は従業員とし、調査期間は平成21年10月から12月の2ヶ月間とした。
アンケート発送数は47社6,290件、回収数は4,308件、回収率は68.5%、有効回答者数は3245件、有効回答率は51.6%であった。
3 結果
1)ワーク・ファミリー・コンフリクト(WFC)
WFCは20歳代、未婚者で低く、30代、既婚者で高くなり、50台に再度低くなる。12歳以下の子を持つ群に高い傾向が見られる。勤務状況については、男性で過重労働の常態化が見られ、うつの指標も高いが、WFCは低かった。過重労働はWFCがそれほどなくても抑うつに発展していくことが考えられる。職場内での支援諸制度は、それを必要としない群ではWFCが低いが、必要とするときに制度が整っていないとWFCが高くなる傾向が見られた。
2)職業性ストレスと抑うつ
仕事の量的負荷が大きいほど、仕事のコントロールが少ないほど、ソーシャル・サポートが少ないほど抑うつ症状が悪化していた。
3)抑うつの関連要因
様々な要因との関連が見られたが、二つに分けられる。一つは、企業の諸制度や過重労働の問題など、企業の努力である程度改善が期待できるもの、もう一つは、年齢や子どもの有無など企業の努力のみでは改善が困難であるものである。前者は、制度の拡充や周知の徹底、時間外労働の抑制により改善を見ることができる。後者についても、その状況に見合った啓発活動を行う事で早期のうちに対応が可能となる面があると考えられる。
4)メンタルヘルスとワーク・ライフ・バランス
ワーク・ライフ・バランスを、仕事・家庭・健康・地域・自己啓発の5領域について「それをどれほど重要と考えるか」(重要度)と「それにどれだけ労力を注いでいるか」(労力度)の順位付けによってとらえようとした。重要度と労力度にはズレがあり、「重要なのは家庭・健康だが、現実に労力を注いでいるのは仕事」という傾向があった。労力度について、6割のものは順位の変更希望を持っていた。家庭・健康を重要度、労力度ともに一位とするものは少なかった。
重要度と労力度のズレの大きいものは、ズレの少ないものに比べてうつ症状が重く、もっと別の領域に力を注ぎたいと思っているものが多かった。「重要なのは家庭だが、労力をかけているのは仕事」というズレを示すものが多く、ズレのある者はないものよりも職場での負荷を強く感じている一方で、自身が持つコントロール感(裁量度)は小さく、ソーシャル・サポートも少なく、ワーク・ファミリー・コンフリクトを多く感じていた。
5)コーピング
ストレス状況に対し接近的に対処するコーピングスタイルが多くとられていた。特に女性では、「話を聞いてもらう」などカタルシスコーピングが多く、若者は「気晴らし」「情報収集」など行動的コーピングが多かった。
6)うつとコーピング、ワーク・ファミリー・コンフリクト、労働環境、ソーシャル・サポート
コーピングは、重度うつの場合には「情報収集、気晴らし、肯定解釈、計画立案」が少なく、「カタルシス、放棄、責任転嫁」が多かった。
ワーク・ファミリー・コンフリクトについては、葛藤を多く持つものにうつが多かった。
労働環境については、仕事要求と労働負荷の高さとうつ指標の高さが関連し、仕事のコントロール度の低さとうつ指標の高さが関連していた。
ソーシャル・サポートについては、サポートの少なさとうつとの関連が見られた。
7)要因関連の総合的分析
抑うつと各要因(コーピング、ワーク・ファミリー・コンフリクト、労働環境、ソーシャル・サポート)との関連について、多変量解析(重回帰分析)によって総合的に検討した。結果を表1に示す。
表1
うつの高さと正に関連する要因は、「仕事-家庭葛藤」と「放棄コーピング」で、負に関連する要因は「肯定解釈コーピング」と「同僚サポート」であった。特に、「仕事・家庭葛藤」が関連して、仕事要求や仕事裁量などの「労働環境」要因が関連しなかったことから、職場・労働そのものよりも、それらが原因となって家庭生活にまで問題が及んでいることが強いストレッサーとなっていると解釈できる。そしてこの要因が特に影響するのは、男女ともに年齢の上のものである事を指摘しておきたい。
コーピングにおいては、「おかれている状況に対して肯定的な見方が出来ず、投げやりに、かかわらないようにする」こととうつの高さが相関していた。
ソーシャル・サポートに関しては、弱いながらも、うつに対しては負の関連が認められ、サポートがうつを抑制することが考えられた。
4 考察
労働者の精神的健康の問題は、労働者の個人的要因と労働環境の二つの要因からのみ生み出されるのではない。職場に加えて当然のことながら職場外の生活があり、それらを含めた全生活があって、問題が発生するものと思われる。その意味で、ワーク・ライフ・バランス、仕事−家庭葛藤が抑うつに関連する事を明らかにした事は重要である。仕事、家庭を含めて、重要と考えている領域に実際に最も力を入れることができている者はそうでない者より抑うつが少ないことが示されている。また、仕事・家庭 葛藤を多く感じている者の方が感じていないものより抑うつの程度が高い事が示された。
このような「バランスのとり方」「調整の仕方」が精神的健康に影響するのである。
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